| 第14回 |
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「3店舗が、
バランス良い」 |
前回、前々回の話で、2店舗目の八幡店オープンから
7ヶ月目で目標ラインに乗った話から、進みます。
次に3店舗目をオープンするなら、
市川の南口の「ゆうゆうロード」の通りと決めていた。
その「ゆうゆうロード」は、私が見たところ、 市川の南口では「人通り」「繁栄度」共に一番良い通りでした。
実は八幡をオープンする前も、 「ゆうゆう通り」に一度気に入った物件が出たことがありました。 もちろん、その時これはチャンスだ!と、 「内見」~「申し込み」と押しました!
ところが、そこの大家さんと言うか、管理していた不動産屋より お断りを頂いたのです。
理由は、「親戚の美容室が近くにあり、 美容室には貸せない。」とのことでした。
釈然としなかったが、それは縁がなかったとあきらめました。
しかし、その縁とは不思議なもので、
数年経ったのち9店舗目の「下総中山店」を紹介してくれたのは
そちらの不動産屋さんでした。笑
その時、大喧嘩しなくてよかったです。笑 それはさておき・・・。
その年の夏、テナント募集の物件と出会うことになりました。 その物件は、中華料理屋さんのテナントでした。 実はそのテナントは何度もその通りを通ったときに 「ここが空いたらいいナー」などと空想していた場所でした。
そこで、即申し込みすると「先約があり、2番手です。」
様子まちしていると「やはり、決まりそうなので申し訳ないですが・・・。」 とのお断りがきました。
「残念ですが」と、またも諦めました。
ところが、2ヶ月近く経ったときに、不動産屋さんから連絡が入り、
「先のお話が流れましたので再考いただけませんか?」とのこと。
再び商談に入りました。
話は、とんとん拍子に進み「仮契約」となりました。 これも、良縁と思っていた矢先に、問題が発生しました。
融資を申し込んだメインの信金からお断りの返答を頂きました・・・。
理由は、「2店舗目から1年しか経っていないので時期が早すぎる。」
とのことでした。 さすがに、怒りましたが・・・。 だいたい、なんで金融機関に うちの出店時期まで言われないといけないのか!! しかし、それは怒ってもどうにもなりません。笑 あわてて、国民金融公庫に鞍替えして、
融資OKの返事を貰いました。危機一髪です。
しかし、融資額もギリギリで今回も内装をお願いした 八百板工芸さんにはかなり無理なお願いをしました。 予算内でということで、デザイナーの武田さんが、 土間のタイルはがしをやってくれました。笑
そんなお陰で、なんとか無事に
H12年12月「プランセスタムタム 市川南店」のオープンとなりました。
しかし今にして考えると、
小規模の店舗展開ならば
3店舗がとてもバランスがいい
と思います。
1店舗成功したら、2店舗目を出したくなります。 ここが、第一の分かれ目です。
2店舗目を成功したら当然3店舗目となりますし、
2店舗目で失敗すると、撤退して元の1店舗に戻るだけです。
3店舗目が成功すると、4店舗目!!となるのですが・・・ そこに落とし穴がありあります。笑
4店舗目から問題が、出てくるのです。 簡単に言うと「結束」の問題となるのですが、その話はまたの機会として・・。
3店舗の展開が、 「守る」も「攻める」もとても良いバランスの店舗数 だと思います。
1、3、5、10と節目がありそうです。笑
話を戻して・・ プランセスタムタム市川南店の布陣は、 真間店を一緒にオープンした霜田店長(現在、ヴィクトワール・ママン経営)、そして、若き日の田辺 宏之(現(株)プランセス取締役)が チーフに抜擢されて就任しました。
そして、現在tamtamが誇るスーパー店長、新垣亜以子が
デビューしたてのスタイリストとして配属されました。
他、アシスタント1名の4名体制でスタートしました。
八幡店のスタートのつまづきを考慮して、目標は200万としました。笑
ところが、ふたを開けてみると・・オープンの月で、
新規も300名に迫る勢いで売上も300万を突破しました。
そしてオープン8ヶ月の7月には、なんと!400万を突破してしまいました。
3店舗目の「市川南店」は大成功を収めました!
霜田店長の活躍もすごかったですが、
田辺チーフ(当時22歳)が水を得た魚のように飛躍的に成長して、
真間店の40万前後だった売上が、一気に130万~140万に上がりました。
丁度このころウエラさんからお話いただいた 「ヘアショー」の出演のお話を先輩が躊躇するなか、 「やります!」と受けてヘアショーに華々しく出演しました。
田辺取締役のまさに、伸び盛りの時期だったと思います。
その一年後、市川北店のオープンの際に
店長として就任したのが23歳の事でした。 また、ヘアショーに関しては、
「tamtamクリエーティブチーム」のリーダーとして、 数々のヘアショーに出演、演出と関わっていきました。
そのお話も、またの機会に書きます。笑
その当時の、プランセスはスタッフ18名。
一枚岩でそれぞれの店舗でライバル関係。 一番いい状態だったかもしれません。
3店舗目は「とにかく、なんとかなりました」 と、ここまでは・・・。笑 |