| 第8回 |
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再出発 |
これから、何とかしなくてはいけない。
何とか、それでも12月を乗り切った。(笑)
平成7年 12月の来店客数 600名 売上 480万
スタッフ 3名 手伝い 少々。
これから、何とかしなくてはいけない。
数ヶ月前に、お世話になっていた先生から話があった
入店希望者の話を、再度問い合わせてみた。
数ヶ月前に話が来たときは、こちらも人数が足りていたので
断った経緯がある。
その少年は、(少年に見えたが当時21歳)八千代の方にいて
「新しい店を探しているとのこと」
早速面接することになった。
やさしそうな顔立ちと柔らかな物腰のその少年が
母親と紹介者の方と3名でtamtamに来た。
のちの星宮店長(現在独立して茨城県守谷で “die tRam” を経営中)
でありました。
面接の結果、2月からtamtamにきてくれることになった。
至急出した「とらばーゆ」の広告で1月に入り、数名の面接者が来た。
(あまり記憶にはないが5名ぐらいだったかな?)
正直、これといった人はいない。
(相手もこれといった店でないと思ったかも・・。)
視界が開けてきてそこへ朝日が差し込んできた
それから間もなく、笑顔でtamtamに面接に来てくれたのが
若き日の?戸葉デェレクターでした。
2月の20日から入ることになりました。
4月になれば新人3人も入る。
再出発の準備は整いつつありました。
その年の3月に最高売り上げを記録しました。
平成8年 3月 来店客数 500名 売上 500万
スタッフ 5名 (うち ツマは美容学校のスクーリングで後半夕方出勤。)
そして4月、荒牧、飯塚、池田(5年勤務の後退職)
の3人が入社してきた。
初めての寮「グレーシャス国分」に荷物を運び込みに
ハイラックスサーフの飯塚少年が父とやってきた。
まるで新婚生活でも始めるような新品の電化製品とともに・・。
荒牧は、初出勤の前日にふらっと黄色のレインコートに
荷物ひとつもって来ました。
中身にはスケッチブックと色鉛筆・・昼間に寮に案内して
僕の仕事が終わって行って見ると、
スケッチブックに絵を描いてたみたいで、
暗くなったのでそのまま寝ていました・・。
そうです。
彼の部屋には、まだテレビも電気の照明もなかったのです・・・。(笑)
この春PRINCESSE TAMTAMは、一気に7名体制となった。
まだまだ霧の中でしたが、
視界が開けてきてそこへ朝日が差し込んできた感じでした。 |